「不器用なので、直接は言えないんですけどね」
そう言いながら照れて笑うのは、Roseo(ロゼオ)のオーナー武井さん。
スタッフをわが子のように思っており、生涯のキャリアをともに考えてあげたいと心の底から思いながらも、なかなか面と向かってその気持ちを伝えられないのだそうだ。
けっして押しつけがましくないその優しい雰囲気と、人に対して真摯に向き合う姿勢。
そんな今の武井さんからは想像できないが、実はもともと「人が苦手」だったのだという。
人が苦手なままでは美容師を続けられない
美容師になることは、武井さんにとって当たり前の選択だった。
母が美容師で、幼少時代は学校から帰るとそのまま母の職場へ向かった。
もはや美容院は武井さんにとって生活の一部だった。
20歳になった頃、母のお店で働き始めたのも当然の流れだ。
ただ、ひとつ問題があった。
若かりし頃の武井さんは、人とコミュニケーションをとるのが苦手だったのだ。
お客様とのコミュニケーションが上手くいかずに失敗してしまうこともあった。
そんな息子を見て、母はこう言った。
「もし美容師を続けたいなら、自分が変わらなきゃいけないよ」
美容師としてお客様に喜んでもらえることにやりがいを感じていたし、自分にはもう美容師という職業以外は考えられなかった。
もっとお客様に喜んでいただくために、もっと「人に寄り添う美容師」になろう。
独立して夫婦でお店を持ちたいという想い
その後、大型店を2店舗経験する。人に寄り添うことを決意してからは、もう昔のような「人が苦手」な武井さんではなくなっていた。
「独立しないか?良い物件があるんだ」
そんな話をもらった28歳の武井さんは、悩んだ。独立をしたい気持ちはあった。
しかし自分のスキルがまだ独立できるほどではないことを、ひしひしと感じていた。
「今の自分にはまだ早い……あと2年、あと2年でスキルを身につけて独立しよう」
当時勤務していたサロンで出会った今の奥さんも、全力で後押ししてくれた。
2年後に独立することは、夫婦ふたりの夢になっていた。
働くスタッフの幸せを親のような気持ちで願う
30歳にして、有言実行。
武井さんは自分のお店を久米川にオープンする。今のRoseo(ロゼオ)だ。
「夫婦ふたりで、こぢんまりと経営していこう」
最初はそう思っていた。しかしこの考えはオープンの半年後には変わることとなる。
「5年、10年ではなく、もっと先のことも含め、長期的視野で考えましょう!」
そうアドバイスしてくれたのは、お店と取引のあるメーカーの営業担当者。
業界全体の動向や課題を認識していた営業担当者は、なぜそうするべきなのか、武井さん夫婦に丁寧に説明してくれた。
これほどまでに丁寧に説明してくれたのは、武井さんの人柄があったからこそのことだろう。
「たしかに、自分たちがずっと働き続けられるわけではないし……このままではダメだ」
武井さんはRoseoに新たなスタッフを雇うことを決めた。
人を雇うということは、これまで以上に責任のあることだと感じていたし、働いてもらうからにはスタッフにも幸せになってほしい。
だからこそ福利厚生などの制度の整備や、子育てをしながら働く女性のために短時間勤務も利用できるようにした。
「スタッフには幸せでいてほしいし、生涯のキャリアをRoseoで実現してもらいたいと思っています」
口だけでなく、武井さんは実際にスタッフの人生に寄り添っているように感じる。
出産や育児を経ても女性が美容師として働ける環境を整えており、そのような人生の転機をきっかけに辞めてしまったスタッフは、誰一人としていない。
「どんな制度があったらスタッフにとって幸せなのか」を真剣に考えているのだろう。
また、武井さん自身もそうだが、男性美容師はいつまでもプレーヤーだけでやっていくのは難しい。男性スタッフが一生涯安心して働けるようなキャリアステップを整えていきたいのだという。
「不器用なので、直接は言えないんですけどね」
これほどまでにスタッフを我が子のように思い、スタッフの幸せを考えている武井さん。
直接伝えていなくても、スタッフには確実に武井さんの想いが伝わっているはずだ。
照れ笑いをする武井さんの人柄こそが、このRoseoの心地よい空気感をつくりあげているのだろう。
全員が当事者となって人に寄り添うサロン
「人に寄り添う」
これがRoseoの理念であり、武井さんがもっとも大事にしていることだ。
お客様に寄り添うのはもちろんだが、スタッフや取引先の担当者も含め、美容師として関わるすべての人に寄り添うのだ。
人とコミュニケーションをとるのが苦手だった若かりし頃の武井さんの経験が、今でも活きているのだと感じる。コミュニケーションが苦手だったからこそ、コミュニケーションを最も大切にしているのだろう。
「これからの時代は個人経営ではなく、全員経営であるべきだと思っています」
Roseoでは、スタッフ全員が当事者意識をもって「人に寄り添う」ような雰囲気がある。
スタッフ全員がお店のことを考え、オーナーである武井さんもスタッフの生涯キャリアを全力で考える。
「一生一緒に働きたいと本気で思っているんです」
今後Roseoとしては、ヘアだけでなくトータルで美を提供できるようなサロンにしていきたいのだという。
「店舗を増やしたいと思っています。
スタッフ全員が居心地よく、長く働ける環境を整えたいです。
多店舗展開は自分の能力的に無理なので、3店舗ぐらいが良いですね。」
と、はにかむ武井さん。
正直で、誠実で、心から人に寄り添う武井さんだからこそ、同じように人に寄り添うスタッフが集まったRoseoという場が出来上がっているのだ。
Writer
「やってみようかな」のきっかけをつくるフリーライター。Webメディアや紙媒体にて、主に取材、インタビュー、イベントレポート記事を執筆しています。自分らしく生きる人をもっと増やすのが目標。平成元年生まれ、早稲田大学卒、前職は文具メーカー。2014年からライターとして活動中。