「時間があけば、他のスタイリストのヘルプに入ります」
「サロンの近くに家があるので、飲んでて終電を逃したスタッフが急に泊まりにくることもあります」
この言葉だけ聞けば、サロンに入りたての若いスタッフと話しているようだ。
しかし実際に話している相手は、ROOMのオーナーである桑田さんなのである。
桑田さんとスタッフの間には、壁がまったく存在しない。
「スタッフからいじられてますからね(笑)。うちは本当にフラットなんです」
そんなROOMの雰囲気は、桑田さんの生き方によってつくられたものであると感じる。
「やれ」と言う上司ではなく「やろうよ」と言えるリーダーでありたい
人は人を見て育つ。スタッフはオーナーを見て育つ。
桑田さんの働き方からは、まさに「スタッフの手本となるように」という意識が読み取れる。
一般的にサロンのオーナーは、新規のお客様を受けることが少ない。
美容師としてではなく、オーナー業の比重が大きくなるからだ。
しかし桑田さんは、今でも新規のお客様を担当する。
それだけでなく、他のスタイリストのヘルプに入って髪を乾かすこともある。
「誰かに『職業は何ですか?』って聞かれた時に、『美容師です』って答えられる自分でいたいんですよ」
桑田さんは「自分のことを社長だとは思っていない」という。
「生涯現役で、ずっと美容師をライフワークにしていたいんです」
「スタッフに対して『やれ』という上司ではなく、『一緒にやろうよ』と呼びかけるリーダーでありたいと思っています」
このような考え方は、27歳で独立した頃から変わっていない。
自分のお店を持ってからも、多額の借金をしてまで店舗を拡大してきた。
一時は億単位で借金をしていたという。
そんな借金を抱えながらも、独立してから6年で3店舗にまで増やしてきた理由を聞いてみた。
「働いてくれているスタッフのためにも、毎年新しいスタッフを採用したいんです」
去年新しく入ってきたスタッフにも後輩ができて、やり方を教える。
そうすることで、人は成長する。毎年新しいスタッフが入るように採用することで、成長のサイクルをつくることができる。
しかしひとつのサロンで雇えるスタッフの数には限度がある。そこで新しいお店をつくる。
桑田さんは苦労してきた素振りをまったく見せないが、一般的に言えば多額の借金を抱えながらも多店舗展開し、多くのスタッフを雇う責任やプレッシャーは計り知れない。
それでもここまでやってきた裏には、スタッフへの強い想いがあるのだ。
そしてその想いをスタッフも受け取り、ROOMの雰囲気がつくりあげられていく。
ここで、ROOMに勤めるふたりのスタッフの話をご紹介する。
ふたりとも「ROOMを辞める」という選択をしようとしているスタッフだ。
最良の選択をスタッフと一緒に考える
「桑田さん、別のお店から声をかけてもらって、ROOMを辞めるかどうか迷っています」
そんな相談をしてきた女性スタッフがいた。
そもそもオーナーに退職の相談をすること自体驚くべきことだが、これはROOMでは普通のことだそうだ。
桑田さんは、ROOMのスタッフとずっと一緒に働いていたいと思っている。
しかし、だからといってお店の利益のために引き止めるようなことはしない。
その子の人生はその子のものであり、最良の選択を一緒に考える。そんなスタンスなのだ。
辞めようか迷っているスタッフと共に、条件やその後のキャリアステップを明確にしていく。
「やっぱり、ROOMに残ろうと思います」
最終的にその女性スタッフはROOMに残るという決断を下した。
給料の仕組みや、店の考え方、今後のキャリアを考えた上での決断だったそうだ。
呼ばれているサロンの方が給料が高かったにも関わらず、「ROOMに残る」という決断をした。
「ROOMを辞めようと思っています」
別の人気店に引き抜かれ、ROOMを辞めようと思っていることを伝えてきた男性スタッフ。
桑田さんは「そうか」とうなずき、その後ふたりで飲みに行った。
これからの話や、そのスタッフが実現したいことなど、ふたりでじっくり話したという。
実際は、そのスタッフの心は揺れていた。
無理にでも引き止めれば、残ってくれたかもしれない。
しかし桑田さんは「ちょっと考えて、あとで最終決断だけ教えてくれれば良いよ」と伝えた。
「やっぱり、行ってみようと思います」
男性スタッフは、ROOMを去っていった。
しかしその3カ月後――
「桑田さん、ROOMに戻らせてください」
その男性スタッフは、桑田さんの自宅まで来て、そう言った。
一度ROOMを経験してしまうと、別のお店の仕事への姿勢や技術、薬剤に対する知識のレベルが低く感じてしまったのだという。
3カ月で出戻った男性スタッフは、以前にも増して一生懸命ROOMで働いているそうだ。
迷いが吹っ切れて、自分のやるべきことがわかったのかもしれない。
制度やお店の技術レベルなどはもちろんだが、退職の意志すらもオーナーである桑田さんに相談できること。そして桑田さんがスタッフにとって最良の選択を一緒に考えること。
このような桑田さんの人柄があるからこそ、スタッフにとってROOMは居心地の良い職場になるのだろう。
人に喜ばれることが好きな人が集まるサロン
「人に喜ばれることが好きで、そこに楽しさを感じる人の集まりなんです」
桑田さん自身の人柄はもちろん、人に喜ばれることが好きな人たちが集まることによって、ROOMの文化は形成されている。
桑田さんとスタッフの間に上下関係はなく、あるのは「喜んでもらいたい」という心からの想いなのだ。
オーナーである桑田さんも「お客様に喜んでもらいたい」と思っているからこそ、スタッフと同じ目線で働く。
ROOMでは新規のお客様にアンケートを実施して満足度を点数化しているが、もちろん桑田さんも採点してもらう。
「オーナーが良い点数をとれないと、説得力がないですからね。スタッフにマネしてもらえるようなリーダーでありたいです」
桑田さんがこういう考えだからこそ、ROOMはお客様にとって「また来たい」と思えるサロンであり、スタッフにとっても「働き続けたい」と思えるサロンであり続けられるのだろう。
Writer
「やってみようかな」のきっかけをつくるフリーライター。Webメディアや紙媒体にて、主に取材、インタビュー、イベントレポート記事を執筆しています。自分らしく生きる人をもっと増やすのが目標。平成元年生まれ、早稲田大学卒、前職は文具メーカー。2014年からライターとして活動中。